「人権デュー・デリジェンス」は、企業活動において発生する人権侵害のリスクを低減するための取り組みです。
近年では企業のグローバル化に伴い、新興国での人権保護不足による強制労働や児童労働などが多発しています。このような背景から、国だけでなく、企業単位での人権保護が世界的に求められるようになりました。
しかし、人権デュー・デリジェンスとは具体的にどのようなもので、企業としてどう向き合うべきか分からないこともあるでしょう。
そこで本記事では、人権デュー・デリジェンスの意味や重要性、具体的な取り組み方について詳しく解説します。
人権デュー・デリジェンスとは
「人権デュー・デリジェンス(Human Rights Due Diligence)」とは、企業が抱える「人権侵害リスク」を防ぐための継続的な取り組みを指します。
近年ではグローバル化の加速により、企業はさまざまな国や地域との関係性が広がりました。一方で人権に対する市井の理解の浸透に伴い、人権保護に対する企業の姿勢が問われています。
まずは人権デュー・デリジェンスについて、次の3つのポイントから見ていきましょう。
- 人権侵害リスクと企業に与える影響
- 人権デュー・デリジェンスが注目された背景
- 世界における人権デュー・デリジェンスの動向
人権侵害リスクと企業に与える影響
企業活動における人権侵害リスクとは、労働者・消費者・地域住民などのステークホルダーの人権を侵害してしまう危険性を指します。
グローバル化や事業の多様化により、人権侵害リスクも複雑化しています。
法務省の『今企業に求められる「ビジネスと人権に関する調査研究」』によると、おもに次のようなものが人権侵害リスクに該当します。
- 賃金不足や不払い
- 不当な労働時間
- 強制労働
- パワーハラスメント
- セクシャルハラスメント
参考:法務省 今企業に求められる「ビジネスと人権に関する調査研究」
強制労働や違法残業はもちろん、外国人労働者のパスポートや身分証明書を預かる行為や、企業の商品・サービスが人権侵害を助長するような場合も企業の人権侵害リスクとなります。
これらの人権侵害リスクを放置していると、企業イメージが失墜する恐れがあります。近年ではブログやSNSなどが広く普及しており、企業による人権侵害の情報はすぐに拡散されてしまいます。
社会的信頼の低下はもちろん株価下落や大量離職など、人権侵害リスクによる企業経営への影響は甚大です。
重要なポイントは、自社だけではなく取引先における人権侵害も、自社に責任の一端が問われる可能性があることです。
そのため、サプライチェーン全体で人権侵害リスクを管理する必要があります。
人権デュー・デリジェンスが注目された背景
人権デュー・デリジェンスは、国連が2011年に「ビジネスと人権に関する指導原則」を採択したことで、世界中で注目されるようになりました。この原則は、人権を保護する責任は国家だけではなく、企業にもあるというものです。
こうした概念が提唱された背景には、企業活動のグローバル化があります。各企業がコストダウンのために、原材料や労働力が安価な新興国でビジネスを展開し、その過程で強制労働や児童労働が多発したのです。
また、国連が2015年に採択した「SDGs(持続可能な開発目標)」や、投資活動の概念である「ESG(環境・社会・ガバナンス)」も、企業の人権尊重への取り組みが求められる契機となりました。
日本では人権デュー・デリジェンスの認知度はまだ低い状況ですが、欧米諸国ではすでに法整備が進みつつあります。
世界における人権デュー・デリジェンスの動向
欧米諸国の人権デュー・デリジェンスに関する代表的な法令として、次のようなものが挙げられます。
国名 | 年度 | 法令 | 概要 |
アメリカ | 2012年 | 奴隷労働や人身売買防止の取り組みに関する情報開示を規定 | |
イギリス | 2015年 | 奴隷労働や人身売買防止の取り組みに関する情報開示を義務化 | |
フランス | 2017年 | 子会社や下請け業者も含めた人権侵害の防止措置を義務化 | |
オランダ | 2022年 | オランダで製品やサービスを販売する全企業に児童労働の防止を義務化 | |
ドイツ | 2023年 | サプライチェーンにおける人権侵害や環境汚染の防止措置を義務化 |
このように、すでに各国で人権デュー・デリジェンスへの取り組みを義務化する法律が整備されており、違反した企業には罰則が科せられるようになりました。
日本における人権デュー・デリジェンス
欧米と比べると遅れはありますが、日本国内でも人権デュー・デリジェンスへの取り組みが着実に進んでいます。次の3つの観点から紹介します。
- 各種ガイドラインや資料の策定
- 人権デュー・デリジェンスガイドラインの概要
- 中小企業向けのガイドラインの策定
各種ガイドラインや資料の策定
日本政府は『「ビジネスと人権」に関する行動計画』を2020年に策定しました。今後の政府が取り組む施策や、企業への人権デュー・デリジェンスの浸透などについて、今後5年間の行動計画が記載されています。
さらに、2021年11月に経済産業省が「ビジネス・人権政策調整室」を設置し、2022年9月に企業の指針として「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました。強制力こそありませんが、日本で事業活動を行うすべての企業に加えて、間接的な取引先の人権侵害も対象としています。
2023年4月には、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」も公表しています。前年のガイドラインを基に、企業が実施すべき施策や人権侵害の特定・評価について、検討すべきポイントや事例を示しています。なお、ガイドラインや実務参照資料の詳細は後述します。
人権デュー・デリジェンスガイドラインの概要
「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」で企業に求められているものは、「人権方針」「人権デュー・デリジェンス」「救済」の3つの取り組みです。
人権方針のポイントは、経営陣が積極的に継続して取り組むことや、サプライチェーン全体で人権を尊重することです。すべてのステークホルダーに対し、企業のコミットメントを明確に示すことも重要視されています。
人権デュー・デリジェンスでは後述するプロセスに沿って、自社およびサプライチェーンにおける人権リスク低減施策を推進することが求められています。
救済では、個人や集団が人権侵害の影響を受けていることが判明したとき、対象者が救済を要求できるシステム確立の必要性が示されています。例えば、苦情申し立ての窓口や改善策実施の体制構築などです。
中小企業向けのガイドラインも策定
政府の人権デュー・デリジェンスガイドラインとは別に、CFIEC(国際経済連携推進センター)は「中小企業のための人権デュー・ディリジェンス・ガイドライン」を策定しています。
基本的な内容は政府のガイドラインと同じですが、業種別の人権侵害リスクや取り組み事例など、中小企業により適した内容となっています。
人権デュー・デリジェンスの進め方・ステップ
「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」では、次の6つのステップで人権デュー・デリジェンスを進めていくことが推奨されています。
- 人権方針の策定
- 人権侵害リスクを特定する
- 人権侵害リスクを軽減する
- 施策のモニタリングを行う
- 外部への情報公開を行う
- 救済・再発防止の実施
ステップ1:人権方針の策定
まずは自社の現状把握を行いましょう。各部署やステークホルダーへのヒアリングを行い、自社の人権リスクの可能性を確認します。
それを踏まえた上で人権方針案が作成出来たら、社内承認を経てHP等で公開を行います。
ステップ2:人権侵害リスクを特定する
まずは、自社における人権侵害リスクが重大な事業領域を特定します。
ビジネスの各工程において、人権侵害がどのように発生する可能性があるか、自社の製品やサービスとどのように関わっているかを洗い出しましょう。
そのうえで、人権侵害の性質や影響を受ける人数、救済の困難度などを評価します。人権侵害リスクが複数ある場合は、前述した基準を踏まえて対応の優先順位を決定します。
ステップ3:人権侵害リスクを軽減する
自社やサプライチェーンにおける人権侵害リスクが発覚した場合は、リスク軽減のための措置が必要です。多くの企業では、次のような取り組みを実施しています。
- 教育や研修の実施
- 社内制度や設備の整備
- サプライチェーンの管理
例えば、社内でコンプライアンス研修や相談窓口・サポート体制の拡充などを行ったり、人権侵害リスクがある企業との取引を停止したりするなどの手段が考えられます。
ただし、サプライチェーンを管理する場合は相手企業の経営悪化により失業者が増えるなど、影響が深刻になる可能性もあるため慎重な判断が必要です。
ステップ4:施策のモニタリングを行う
人権デュー・デリジェンスは継続的な取り組みが不可欠なため、施策の効果をモニタリングし、「改善したか」「追加施策は必要か」などの観点で評価することが大切です。
前述したガイドラインでは、「質的・量的の両側面から適切な指標」と「社内外の意見を活用していること」が、モニタリング時の要求事項として挙げられています。
自社の従業員・サプライヤーへのヒアリングや現場の監査などを通じて、施策の効果を適切に評価しましょう。
ステップ5:外部への情報公開を行う
人権尊重への取り組みについて、すべてのステークホルダーに情報を公開することが大切です。
人権デュー・デリジェンスに取り組んでいたとしても、情報公開が不十分では「無責任」「隠蔽体質」と見なされる恐れがあります。
情報公開の方法は企業のコーポレートサイトや、CSR報告書・統合報告書・サステナビリティ報告書などへの記載が一般的です。
ステップ6:救済・再発防止の実施
企業は自社が人権を侵害・助長している場合には救済を実施・協力することが求められます。
救済の具体例には、金銭・非金銭的補償、原状回復、謝罪、再発防止策の構築等が挙げられます。
人権デュー・デリジェンス実施時のポイント
企業が人権デュー・デリジェンスに取り組むときは、次のようなポイントに注意しましょう。
- 継続的に取り組む必要がある
- 企業ではなく「従業員」の立場でリスクを判断する
継続的に取り組む必要がある
人権侵害リスクは、新製品の導入や企業買収などの活動により、流動的に変化するものです。
人権侵害リスクは一朝一夕で解決できるものではないため、継続的な取り組みが欠かせません。
企業ではなく「従業員」の立場でリスクを判断する
人権デュー・デリジェンスでは、違法残業やハラスメントなどの人権侵害を受ける可能性のある従業員の立場に立って、リスクを評価することが大切です。
企業側のリスクに注目するだけでは、問題の本質を見失ってしまいます。
企業の将来に向けて人権デュー・デリジェンスに取り組もう
世界的に人権保護を求める声が高まっています。グローバル化が進む現代では、人権デュー・デリジェンスへの取り組み方が企業イメージを左右するかもしれません。企業活動はステークホルダーなしでは成り立ちません。社会的な責任を果たすために、少しずつでも人権デュー・デリジェンスに取り組み、自社の姿勢をステークホルダーにアピールしていきましょう。
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